北区

清和天皇の貞観17年(1100年前)名僧教待上人が鳳来山(扇山)に開創し幡教寺と称す。300年を経て承元3年(800年前)大中臣朝臣時定卿が所領250町歩を寄付し現在地に移す。その時土御門天皇から勅額を下賜されて大福寺と改称未寺塔頭30境内2町5反伽藍建造物20を有す。
 鳳来山は大福寺の前進で現在の大福寺より約8キロの愛知県境の山頂にあり(海抜500m地点)東は霊峰富士を排し天竜川をタスキにかけ西は志摩半島を指呼の間に望む。南は浜名湖を箱庭に大平洋を池泉とし北は赤石山脈の連峰が緑もあざやかに白雲を頂く山獄は遠くシベリアよりの白のプレゼントも美しく四季を詩っている中で今尚1100年前の跡を残している。
 境内は海抜40mのところにあり猪鼻湖、景勝地瀬戸を眺望、景勝は申すまでもなく9月より4月までの間咲く半歳桜があり池には、赤、白、黄の水蓮が5月より9月まで咲いている様は全く浄土である。

~大福寺様のHPより引用~

仁王門。鎌倉時代の金剛力士像が配置されています。

 

本堂です。

 

大福寺で有名なのは庭園ですね。室町 時代の築庭と言われ県指定名勝になっています。

そして有名なのがもう一つ。浜名納豆です。

大福寺納豆(浜名納豆)は大福寺伝製の日本の元祖である。
この特製納豆は中国(明時代)の僧から伝来され足利七代将軍義勝・今川義元・豊臣秀吉・徳川家康以下歴代将軍に献上し御朱印の外に納豆料除地を下附せられ豊臣時代まで唐納豆と言ったのが徳川中期から浜名納豆と称すようになった。文禄年中征韓事変定まるの日鎧櫃中にある唐納豆を祝盃の下物に充て、からをおさめてまめと云う語に通ずる故吉兆であると賞せられた。特に正月には将軍家へ諸大名参賀の折り祝酒にはなくてはならぬものの様であった。なお、薬味には山椒の中皮が入っており他では真似のできない珍味である。

大福寺HPはこちらへ

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